2017年、ソムリエ協会が新しい日本酒の資格「sake diploma」を発表したことは、業界内で大きな話題になりました。

「きき酒師」や「日本酒検定」など、日本酒に関する資格や検定はいくつも存在し、その特徴はさまざま。そのなかで、世界に通用する"プロの伝え手"を育てる「SAKE EXPERT」という資格があるのをご存知でしょうか。

今回は実際のセミナーに参加しつつ、理事長を務める葉石かおりさんにお話をうかがいました。

「SAKE EXPERT」って、どんな資格?

「SAKE EXPERT」を発行しているのは「JAPAN SAKE ASSOCIATION」という団体。「国酒から『国際酒』へ」という理念のもと生まれた「SAKE EXPERT」のために、2015年7月に発足しました。

NHKの番組『日本酒のいろは』で講師を務め、業界内外を問わず話題になった「日本酒マニアック博」のキュレーションにも携わった、酒ジャーナリストの葉石かおりさんと、首都圏2800店舗の飲食店と取引実績のある酒類卸業の「柴田屋酒店」が中心になっています。

「SAKE EXPERT」は、日本酒の基礎知識や料理とのペアリングを学ぶ全3回のサケ・アカデミーを受講し、筆記とテイスティングの試験に合格した者のみに与えられます。

東京のみならず、地方でも展開しており、これまでに秋田や茨城、京都でも開催。今後、仙台や福岡にも広げていく予定なのだそう。

また、「国酒から『国際酒』へ」という理念を体現すべく、海外への展開も進めています。2016年9月と2017年9月にはタイのバンコクで、2017年2月にはイタリアのミラノにて、サケ・アカデミーを開きました。

実際の講義に潜入!

そんな「SAKE EXPERT」の実体を調査すべく、講義に潜入しました。開催されたのは11月初旬。新中野駅からほど近い柴田屋酒店の3階にあるセミナースペースに、30人強の参加者が集まっています。

「SAKE EXPERT」の講義の様子

参加者のなかには、女性の姿も多く見られ、20代後半から30代の方が多い様子。酒類業に携わる方や一般の日本酒ファンだけでなく、柴田屋酒店のスタッフも参加していました。

本日のテーマは日本酒の造り。

葉石さんが実際に訪れた酒蔵の話をしつつ、現地で見た最新設備などを紹介。酒ジャーナリストとして全国の酒蔵を飛び回っている葉石さんならではの講義ですね。

「SAKE EXPERT」の講義で説明された洗米機・ウッドソン

設備の説明ひとつを見ても、ただその特徴を教えるのではなく、比較をしながらその違いを伝えていたのが非常に印象的でした。伝え手としてお客さんに説明するときに活かすことができる情報を教えるというのは、この講義の大きな魅力なのでしょう。

洗米機「ウッドソン」と「スパイラル」の比較を説明したスライド

精米などの原料処理から、酒母や醪の造り、上槽、瓶詰めまで、ひととおりの製法を学び終え、講義の最後にはテイスティングの時間もありました。みなさん熱心に受講されています。

テイスティングに挑戦する「SAKE EXPERT」の受講生たち

参加していた女性に、受講のきっかけについてうかがいました。

「もともと葉石さんのことを知っていたので、安心感がありましたね。ただ飲んでいるだけではわからないことを学べるのは楽しいです」

「SAKE EXPERT」を受講した女性

また、横浜の飲食店に勤めている男性に話を聞くと「飲食業に携わって8年になるので、なにか資格が欲しいと思っていたんです。以前から取引のあった柴田屋酒店に紹介されて、今回の受講を決めました。造りについては、なんとなく感覚的にわかっていたつもりでしたが、理論的に勉強していくなかで『意外と理解できていなかったなぁ』と思うことがたくさんありますね」

「SAKE EXPERT」を受講した男性

「プロの伝え手を育てたい」

「SAKE EXPERT」が目指すものについて、葉石さんにお聞きしました。

「日本酒を語るためには、まず造りを学ぶことが大事です。発酵のしくみを理解していただけるように、麹菌や酵母、乳酸菌などの日本酒に関わる微生物の役割なども含め、ていねいに解説しています」

たしかに本日の講義でも、造りの基礎に関する説明は、非常に手厚くていねいでした。

「SAKE EXPERT」の第2回講義で使われたスライド

「私たちは、伝え手を大量生産したいわけではありません。しっかりとアウトプットできなくては意味がないのです。だからこそ、3日間にわたる講義の中でも毎回小テストを行い、知識の定着を図るようにしています。最後の試験も、マークシートではなく、筆記の形式にしました。採点の手間を考えると、マークシートのほうが楽なんですけどね(笑)」

「そのくらいの時間と手間をかけて、プロとして押さえなければならない基本を学んでいくことが大事だと思っています。特に重視しているペアリングの講義も、感覚に頼るのではなく、できるだけロジカルに説明するように心がけています。そのお酒と料理がどうして合うのか。そこには、料理との親和性を高めるための温度帯やグラスの形状による味の変化など、あらゆる理由があります。サケ・アカデミーではそれをしっかり学んでいきます」

現在は、もともと柴田屋酒店と取引がある飲食店業界の参加者が多いため、それに合わせた早い時間帯での開催になっていますが、一般の方からの問い合わせも非常に多く、3月からは夜の部も開催する予定なのだとか。

しかし「参加者が一般の方でも、学ぶ内容は同じです」とのこと。日本酒の知識を正しく伝えることができる高いクオリティの伝え手を育てたいという熱い気持ちが読み取れます。

テイスティングの手順を説明する、葉石かおりさん

2016年からタイやイタリアで実施している海外での講義については、参加者のほとんどが現地の日本人でした。しかし、ミラノで次回行われる講義は、現地のイタリア人が対象になるようです。

日本酒の知識をゼロから教えなければならない難しさもありますが、それでも基本は変えない方針なのだとか。参加者の属性に左右されることなく、「プロの伝え手を育てたい」という気持ちが、ここにも表れています。

さらに受講生へのインタビューで、みなさんが口を揃えて「受講の決め手になった」と語っていたのは「年会費が無料であること」でした。一見、資格の運営には年会費による収入が必要そうなもの。なぜあえて無料にしたのでしょうか。

「年会費がないのは、ひとりひとりと末永くお付き合いしたいからです。思いさえあれば、だれもが伝え手になれるので、門戸は広くしておきたいですね。日本酒はまだ国際舞台に出たばかり。クオリティの高い伝え手が、ひとりでも多く必要なんです」

製造や販売のプロではなく、酒ジャーナリストという"プロの伝え手"である葉石かおりさんによる講義は、その説明ひとつひとつが、伝える相手を意識しているようでした。この「SAKE EXPERT」という資格を通して、質の高い伝え手がひとりでも多く世界に羽ばたいていくことを願います。

(取材・文/小池潤)

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